往来物の概要と分類

概要

 往来物とは、平安時代末期から明治前期まで、広く使われた初級教科書のことをいいます。もともと往復の手紙文を例文としたことから往来の名称がつけられました。

 現在最古の往来物は、1066(治暦2)年に没した藤原明衡【あきひら】が正月から十二月までの手紙文を集めた『明衡【めいごう】往来』といわれます。その後、鎌倉時代には手紙に使われる単語や単文などを集めたものもあらわれました。この時期成立した『庭訓【ていきん】往来』は広く普及し、江戸時代にもテキストとして使われました。江戸時代には、手紙文以外の初級教科書一般も往来物というようになりました。江戸時代、寺子屋(手習い塾)が増加し、庶民教育が発達すると、地理・歴史・社会に関する様々な用語を収めた往来物が7000種類も発行されました。

 往来物は明治時代にも見られました。これは、地域ごと職業ごとの知識を学ぶ方法が継続していたことを示しています。1872(明治5)年の学制発布、1883(明治16)年の教科書認可制の導入、1886(明治19)年の学校令など教育の近代化・統一化が進むとともに、往来物は姿を消していきました。

 本学の2500点を越える往来物コレクションは、江戸時代と明治前期の教育と文化を基礎から支えたアーカイブズ(歴史資料)として貴重な意義を有しています。

(大石 学 【おおいし まなぶ】 人文社会科学系 人文科学講座教授)

 

往来物の分類について

 往来物の種類や内容は、当時必要とされた知識とその変遷に伴い、非常に幅広いものとなっています。東京学芸大学附属図書館では、岡村金太郎氏による分類を 基礎として分類表を作成し、資料を整理しています。

1.熟語類

単字、単語、短句、短文などを集めたもの。

[11]字づくし、[12]千字文、[13]三字経、[14]詩歌、[15]英学

2.訓育類

児童に対する教えや戒めの文言を中心とするもの。

[21]実語教,童子教、[22]教訓類,幼学,遺訓、[23]箴言,教訓歌、[24]諸礼および躾方、[25]知育類、[26]女学類、[27]筆道類、[28]神儒仏、[29]法令,告諭

3.歴史類

過去の事件、歴史上の人物、歴史の流れ等を題材とするもの。

[31]史実類、[32]古文書類、[33]年代記

4.地理類

地誌、交通路、神社仏閣・名所旧跡の由来、縁起、景趣、道しるべ等をまとめたもの。

[41]地方誌、[42]物産、[43]年中行事

5.理学類

数学、天文暦学、地学、生物学等自然諸科学に関するもの。

[51]算法、[52]塵劫記、[53]博物,その他

6.実業類

各種産業に関する言葉や知識、心得をまとめたもの。

[61]農業、[62]工業、[63]商業

7.消息類

「消息」とは手紙のこと。手紙の模範文、模型文を集めたもの。手紙文に頻用される短文、短句、単語等を集めたもの。

[70]明衡往来、[71]庭訓往来、[72]風月往来、[73]消息往来、[74]用文章,書状鏡

75.女子用往来
女性向けに編まれた往来物。女性が心得るべき教えや戒め、身につけるべき教養や諸芸、女性用の手紙文例等。
8.合書類

複数書の内容を1冊の往来物に収めるもの。

[80]合書類全般、[81]童子往来(童学往来)、[82]調法記類、[83]その他

9.雑書類
上記のどの分類にも属さない内容を持つもの。占い、暦に関するもの等がある。